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テーマ: 「食のバトンリレー」

講 師: 前田 尚毅 先生 (㈱サスエ前田魚店 店長)


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皆さん、こんばんは。静岡県焼津市から来ました、サスエ前田魚店の前田尚毅と申します。本日はよろしくお願いします。

 私は、町の魚屋です。サスエ前田魚店の5代目になります。店は地元の漁師さんが獲ってきてくれた魚を扱う、昔ながらの魚屋です。一方で、地元の料理屋さんをはじめ、県外、海外のお客さまにも魚を発送しています。

 私の親父の代まではほぼ小売りがメインでした。6割くらいが一般のお客さまへの小売り、3割くらいが地元のレストランやホテルなどの飲食店、残りの1割が老人ホーム、保育園、病院などに切り身を納める仕事でした。

 そこから私は、「これからの魚屋として、全国で勝負してみたい」と思うようになりました。水産高校を卒業したあと、魚の流通を勉強するために水産会社へ修業に行きました。といっても、たった2年です。しかも、私はかなりのいたずら坊主で、会社から「今まで修業に来た中で一番ひどいぞ、最悪だ」と言われたくらいです。結局、「辞めてくれ」と言われて焼津に戻ってきました。

 焼津に戻って30年以上、水産業界に入って30年以上になります。でも、小学生の頃から将来の職業は決まっていたんですよ。卒業文集にも「魚屋」と書いていました。

 とにかく魚が好きなんです。母親は朝から晩まで店の仕事をしていて、私をおんぶしながら働いていたそうです。私がお腹を空かせて泣くと、市場にあるエビをむいて食べさせていた。醤油なんかつけません。その食材をそのまま食べる。私はそんなふうに育ちました。

 今日は、そんな私がずっとやってきたことを「食のバトンリレー」というテーマでお話ししたいと思います。

一軒の店をきっかけに全国のお客さんを静岡に呼ぶ

 今、静岡はローカルガストロノミーという分野で少しずつ名前が知られるようになってきています。でも、最初は一軒の店から始まったんです。

 静岡に、「成生」という店があります。今は予約がなかなか取れない店になっていますが、始めた頃は全然そんな店ではありませんでした。20年ほど前のことです。その店とで「全国からお客さんを呼ぼう」と言い始めたんです。もちろん、誰も来ません。地元でも、「あいつら何を言っているんだ」と指をさされて笑われました。

 当時の成生はカウンター7席でしたが、2年間、一度も満席になったことがなかった。5,000円、8,000円くらいの価格から始めたんですが、地元では「天ぷら屋でそんなに取るのか」「3,000円が限界だ」と言われました。

 それでも、「全国からお客さんを呼ぶ」と言い続けたんです。成生の店主も私も、こんちくしょう、という気持ちが強かったんですよね。

 「絶対ひっくり返してやる」

 それが合言葉みたいなものでした。

 当時の私は、都会のレストランなんて田舎には関係ないと思っていました。ところが成生から、「東京にはすごい店がある」と何度も言われる。それで、東京の市場を見に行ったんです。当時の築地魚市場ですね。ものすごいですよ。魚の種類も量も金額も、人の数も桁外れです。

 でも、一つだけ、自分がいつも見ている魚とは違うと思った。鮮度です。魚が本当に鮮度のいいときにしか出ない色や膜が築地にはない。確かに量も値段もすごい。でも、私は魚そのものには感動しなかったんです。

 そのとき、知り合いを通じて築地いちばんの目利きという方に、自分の持っている知識をあらん限り話してみたんです。そうしたら「築地場内にはこのレベルの話をできる人はいないぞ」と言われ、さらに紹介である方の名刺をいただきました。銀座の「鮨よしたけ」の吉武さんでした。

 当時の私は、銀座がどういう場所なのかさえよくわかっていませんでした。「いい魚が入ったら連絡してくれ」と言われたんですが、そのあと2週間くらい電話をしなかった。そうしたら、「いつになったら電話が来るんだ」と連絡が来ました。私は「いい魚が入ったら、と言われたからです。まだ自分がいいと思う魚が入っていません」と答えたんです。

 そんなところから付き合いが始まりました。

 当時は銀座のその店も、思うように席が埋まっていなかった。成生も同じです。だから私は、この2軒に1年間、とにかく集中しました。ただ魚を送るだけではありません。どういうメニューにするのか。どんな魚が合うのか。どう仕立てるのか。いろいろ一緒に考えました。

 そして「鮨よしたけ」がミシュランで三つ星を獲得しました(注:ミシュランガイド2012年版)。田舎にいた私には、最初は三つ星がどれほどのものなのかもよくわからなかった。でも、テレビのニュースに映る。それまで笑っていた人たちが、だんだん笑えなくなってくるわけです。

 その後、吉武さんにも成生の料理を食べてもらいました。そこで評価してもらったことで、「自分たちがやってきたことは間違っていなかったんじゃないか」という自信になりました。成生にも少しずつお客さんが来るようになりました。

 面白かったのは、そのお客さんの9割くらいが東京の人だったことです。私も店でお客さんのふりをして食べながら、会話を聞いたりしていました。

 そうすると、「新幹線代を払って来ても安い」「おいしい」と言ってくれる。私たちからすると、「東京から新幹線代を払って、それでも安いってどういうこと?」となるわけですよ。

 地元にいると、自分たちの良さとか、おいしさって、意外と気づかないんです。外から来た人の声で、初めて気づくことがある。

 そこから、だんだん自信を持つようになりました。

オリンピックでリレーを見て「魚も同じだ」と思った

 その頃、オリンピックの男子400メートルリレーを見ました(注・2016年リオデジャネイロ・オリンピック)。日本が銀メダルを取ったときです。

 私はものすごく感動しました。個人の100メートルでは、日本人選手は世界のトップではない。でも、4人でバトンをつなぐと世界2位になった。「あれ、なんでだろう」と考えたんです。私はあの映像、200回くらい見ています。

 そして、ふと思ったんです。「これを魚に置き換えたら、どうなるんだろう」

 当時、成生をはじめ、料理人さんとの取り組みは少しずつ形になっていました。でも、魚を獲っているのは漁師さんです。私たち魚屋は魚を獲れません。

 だったら、第一走者が漁師さん、第二走者が魚屋、第三走者が料理人だと考えたとき、このバトンは今、何位くらいで来ているんだろう。たぶん7位、8位くらいじゃないか。オリンピックで金を取るなら、第一走者からいいバトンを受け取らないと無理だ。

 そう思って、そこから漁師さんへの直談判を始めました。漁師さんの住所や電話番号を調べて、一軒ずつ訪ねていきました。焼津ではちょっと有名になりましたよ。「あいつ来たぞ」と(笑)。当然、最初は門前払いです。

 「今獲っている魚を、もっといい状態で持ってきてくれ」

そんなことを言われたって、漁師さんからすれば、

 「なんで俺たちがそんなことをしなきゃいけないんだ」

 「どれだけ手間がかかると思っているんだ」
 「いくらで買うんだ」

となります。ボロクソに言われました。

 そんななか、一人だけこちらを向いてくれた漁師がいました。水産高校の同級生でした。船を買って借金も抱えていた。そこで、「今までの魚より2割、3割高く買うから、新しいやり方を試してくれないか」とお願いしました。

 その魚を買ったとき、今度は競り場でほかの漁師さんから、「なんであいつの魚だけ高く買うんだ」と言われます。「同じことをやってくれれば、同じ値段で買いますよ」と答えました。

ただ、問題はそこからです。

 地元では、その金額で魚を買ってくれる料理人さんがいない。「あそこは高い」と言われる。ところが東京の料理人さんに持っていったら、反応が全然違いました。

「このクオリティなら安い」
「2割、3割高くなるくらいなら、どんどんやってください」

と言ってくれたんです。県外のお客さんが後押ししてくれました。

 そうすると、今度はほかの漁師さんから、「俺の魚も買ってくれ」と言われるようになります。漁師さんは、魚を獲るプロです。こちらの意図を理解して、何度も繰り返してもらうと、どんどん良くなっていきます。今では、水産業界では「そんな状態で魚を持ってくるなんてあり得ない」と言われるくらいのクオリティで持ってきてもらえるようになりました。

魚が変われば料理人の調理法も変わる

 面白いのは、魚のクオリティが変わると、料理人さんの調理法まで変わってくることです。

 料理人さんは修業時代に「鯛ならこう調理する」「この魚ならこうする」という基本を身につけます。でも、それまでとはまるで違う状態の魚が来ると、その常識が通用しなくなる。魚が良すぎて、料理人さんがどう調理していいのかわからないこともあるんです。

 そこで私は、営業が終わったあとに料理人さんと集まって、魚を持ち込んで試すようになりました。温度計を刺したり、いろんな加熱をしたり、普通の営業中にはできないことを試します。

 お客さんがいるレストランでは失敗できません。でも、私たちだけでやるときは、失敗しなければダメなんです。成功しちゃダメ。失敗したら、なぜ失敗したのかがわかります。それを何度も繰り返します。

 そこへ今度は、漁師さんにも来てもらうようになりました。「あなたが今まで獲っていた魚で作った料理がこれです」「今お願いしているやり方で獲った魚がこれです」と、実際に食べてもらいます。そうすると、「同じ魚で、こんなに変わるの?」となるんです。しかも、魚の値段も上がる。

 もちろん、同じ水産業界からは、「あいつのせいで地元の相場が上がった」と言われました。でも気にしません。私は叩かれるのには慣れていますから(笑)。

 そのときの私が見ていたのは20年先です。

海の資源がなくなってから考えても遅い

 今、魚の水揚げ量はかなり減っています。

 でも、私は20年以上前から「こうなる」と言っていました。駿河湾の生態系が変わってきていることを、魚屋の仕事をしていると実感できたからです。

 鮮魚店というのは、魚を箱に入れて送れば終わりではありません。私たちは小売りもやっています。魚をさばき、手を入れ、お客さんが実際に食べるところまで見ています。だから魚の内部の状態、身の状態、おいしさの変化までわかる。

 サンマだってそうです。20年前、サンマがたくさん獲れて1匹100円もしなかった頃に「将来、こんなふうには食べられなくなる」と言ったら、「何を言っているんだ」と笑われました。

 でも、今はどうですか。資源というのは、あるうちに先手を打たなければ間に合わないんです。

なくなりつつある段階で「じゃあどうしましょう」と言っても、もう遅い。

 なぜなら、一次産業には、それまで耐え続けられるだけの力がないからです。私たちが主に付き合っている定置網漁も、水揚げ量そのものは下がっています。

 だからこそ、獲れた魚の価値をどう高めるかを考える。今までなかった魚を探すのではありません。「今まであった魚を、もう一度見直してみよう」ということです。

 タチウオでもアジでもイワシでもそうです。今まで普通に扱ってきた魚を、獲り方や扱い方からもう一度見直す。高級魚がおいしいのは、わかりやすいですよね。でも、高級魚で東京と勝負したら田舎は勝てません。私は、1匹100円のイワシが1万円の魚に勝ったほうが、かっこいいと思っているんです。

「魚の温度」と「人の温度」

 もちろん、技術や知識は必要です。プロなんだから、勉強するのは当然です。でも、私が一番大切だと思っているのは「人の温度」です。あの人のために、誰かのために、と本気で何をできるかです。そこで物事は変わります。

 魚には魚の温度があります。生き物は全部、温度が大事です。その中には水分もあります。それをどう扱うかは、それぞれの持ち場のプロがやればいい。

 漁師さんは漁師さん。
 魚屋は魚屋。
 料理人は料理人。

 点と点のプロが、自分の仕事を全うすればいいんです。

 それとは別に「人の温度」がある。「魚の温度」と「人の温度」。この二つがかみ合わなければ、地元の食材が全国に出ていくようなブランドにはならないと思っています。

 今、静岡には、魚を求めて県外から来てくださるお客さんが本当に増えました。世界の熱心なフーディー(美食家)が選ぶ国際的なレストランランキング「OAD(Opinionated About Dining)2026年版」では、「成生」がトップです。小さなカウンターだけのレストランに、世界中からたくさんのお客さんが来る。何もなかったところでも、それができるんです。

 もちろん、一人ひとりの努力は必要です。でも、一人の努力だけでは大きくは変わりません。

ワンチームになる。食材をつなぐ人たち全員がチームになるんです。

漁師30点、魚屋30点、料理人30点。最後の10点はお客さん

 私はよく、「漁師、魚屋、料理人、それぞれの満点は30点だ」と言っています。漁師30点、魚屋30点、料理人30点、合計90点です。

 残りの10点は誰か。食べてくれるお客さんです。

 料理人が「今のこのタイミングで食べてください」と料理を出しても、ずっと話していて、冷めてから食べて「おいしいですね」と言われても、本当は違う。「今、食べてほしいんです」と(笑)。

 レストランのシェフは、漁師さんから始まった全員のストーリーを、最後に一皿の作品として出しているわけです。その最後の10点を完成させるのがお客さんです。みんなで100点を目指す。

 もちろん、本当の100点なんて1年に1回あるかないかだと思います。それでも、みんなで100点を目指すことが、地域や地方を変えていくんじゃないかと思っています。

これからはトップを高くしながら裾野を広げる

 これまで私たちは、いわば小さな三角形の頂点を作ってきました。予約が取れないくらいのレストランが生まれ、全国、海外からも人が来る。それは狙ってやってきたことなので、それでいいんです。

 でもこれからは、その三角形を支える大きな台形を作らなければならないと思っています。もう少しカジュアルで、席数もあり、たくさんの人が静岡の食を楽しめる店を増やしていく。

 トップレストランだけに1匹、2匹の魚を高い値段で売るだけでは、一次産業を支えるには足りません。漁師さんたちは、ある程度の量を買ってもらわなければいけない。たくさんの人に食べてもらわなければいけないんです。

 だから今回、「食の熱中小学校」という場に、こんなに食に熱心な人たちがいると聞いて、「それなら行かせてもらいたい」と思いました。

 たくさんの人に知ってもらえば、たくさんの人に食べてもらえる。

 それが一次産業につながっていく。

 私がこれからやることは、三角形の頂点を富士山のようにもっと高くすると同時に、それを支える台形をできるだけ大きくすることです。地元で生まれて、地元で育ててもらったことに対する敬意でもあります。

 私は今ではなく、20年、30年先を見ています。今のチームで、20年、30年先に何ができるか。それが、私の考える「食のバトンリレー」です。

質疑応答タイム

【質問者】富山でも魚が減っています。焼津の定置網が成果を上げた理由は?

 私は富山県魚津市の出身です。魚津も2,500メートル級の山があって、海が一気に800メートルほど深くなるという、静岡と似た地形です。同じように定置網漁があり、獲れる魚がどんどん減っているとも聞いています。

 そのなかで、焼津では定置網の数字を4年連続で伸ばしているというお話がありました。具体的にどのような取り組みをされたのでしょうか。

【前田】富山と駿河湾は、地形が非常に似ています。山があって、川があって、深い海がある。

海がよくなるためには、山と川が大事なんです。山や川からミネラルが供給されないと、プランクトンが育ちません。そのプランクトンが、いろいろな生き物の餌になります。だから私は、海だけではなくて、山や川もよく見に行きます。

 一方で、富山と駿河湾には大きな違いがあります。富山には定置網が非常にたくさんあります。駿河湾はそれに比べてかなり少ない。ここは大きいと思います。

 定置網というのは、沖まで魚を追いかけて獲りに行く漁ではなく、沿岸で魚を待つ漁です。一つの定置網だけが「魚を守ろう」と考えても、その先に別の網がたくさんあれば、そこで獲られてしまう。その意味では、富山は難しい面もあると思います。

 ただ、富山は定置網そのものについては日本でもトップクラスです。地形的にも非常に恵まれている。

 私たちが焼津でやったのは、まず「今まであるものを、もう一度見直そう」ということです。珍しい魚を探すのではありません。

 例えばタチウオでも、アジでもいい。今まで当たり前に扱っていた魚を、「もっといい状態で持ってこられないか」と考える。

 魚を生かしたまま持ってくる。冷やし方を変える。扱い方を変える。そういう一つ一つを漁師さんと一緒に試しました。

 例えば、ものすごく小さなアジがありますよね。普通なら、それほど価値の高い魚とは考えないかもしれない。でも、扱い方を変えて、いい状態で料理人に渡すと、成生で料理にしたときにものすごくおいしくなる。高い魚だからおいしい、ではないんです。そこが地方の面白さだと思います。

【質問者】「熟成」ではなく、「鮮度」を重視するのはなぜですか? 

 ずっと鮮度のお話を伺っていて、本当にその通りだと思いました。ただ、10年くらい前は東京では「魚は熟成だ」とよく言われていました。そこから、なぜ前田さんは鮮度のほうへ向かわれたのでしょうか。

【前田】「熟成」という言葉、都会ではよく聞きますよね。

 水産の世界では昔から「寝かせる」と言ったりします。もちろん、きちんとした技術で寝かせて、うま味を上げることはあります。

 でも、「3日寝かせています」と聞いたとき、逆に言えば「3日売れていません」とも言えるわけです。

 大事なのは、その魚に合った適切な状態で寝かせているかどうかです。うま味成分だけを見れば、寝かせることでイノシン酸が増えることはあります。でも、魚のおいしさって、うま味成分だけじゃないですよね。

 鮮度のいい魚には食感があります。香りがあります。風味があります。私はそこを大事にしたいんです。

 熟成した魚なら、わざわざ地方まで食べに来なくても、東京でも食べられます。せっかく交通費を払って静岡まで来てくれるのなら、「ここでしか食べられないもの」を出したい。だったら、都会と真逆のことをやらなければ、地方は勝てないと思ったんです。

 もちろん勇気はいります。東京の食文化に田舎から喧嘩を売りに行くようなものですから。「そんなのおいしくない」と言われたら、「じゃあ、おいしさで証明します」ということです。

 地方には地方のおいしさの示し方があると思っています。

【質問者】インバウンドと国内客、どちらをターゲットにしていますか。また、人材をどう育てますか?

 私は柏原光太郎校長のご著書『世界の富裕層は日本で何を食べているのか』(ダイヤモンド社)をきっかけに、この学校に参加しました。

 東京の富裕層が静岡へ来るところから地域が発展していったというお話もありましたが、これからはインバウンドに期待されているのでしょうか。それとも、都心の富裕層を中心に考えているのでしょうか。

 また、先ほど三角形から台形へ広げていくというお話がありました。店舗や受け皿を増やすには、人を育てなければいけません。前田さん自身、「人を変えるのが一番難しい」とおっしゃっていましたが、これからその考え方をどう浸透させていくのでしょうか。

【前田】

 私、魚屋なんですけど、「魚をどうしていきたいか」ってことに関しては、実はそこまで考えていないんですよ。レストランを流行らせようとも思っていない。県外のお客さんにたくさん魚を送ろう、とも思っていません。

 もちろん何も考えていないわけではありません。でも、それは後からついてくるものだと思っています。

 それよりも今、一緒にやっている漁師さんや料理人さんの顔つきが、すごく変わってきているんです。楽しそうなんですよ。いいときも悪いときもあります。でも、みんなでやっていると毎日楽しい。その「仕事の楽しさ」をもっと大きくしていけば、みんなの視野も広がってくると思っています。

 もちろん、地元は活性化したいです。レストランも増やしたい。でも、レストランだけ増やしてもダメです。静岡の大きな弱点の一つは「宿」なんです。東京にも名古屋にも近いので、1時間くらいで帰れてしまう。

だから、「どうやって帰らないでもらうか」を考えないといけない。泊まってもらって、レストランにも行ってもらう。自然を体験してもらう。静岡という地域そのものを楽しんでもらう。

一つだけが急激に上がるのではなく、全体を少しずつ上げたいんです。

どこか一カ所だけがバーンと伸びてしまうと、ほかがついていけなくなって、みんな諦めてしまう。「頑張れば、ここまで行けるんだ」と思える状態を作りたい。

 人材については、飲食業も水産業も本当に人が足りません。労働時間の問題もあります。昔と同じように、長時間働けば技術が身につくというやり方は、これからは難しい。

 でも、30年前には大きな携帯電話だったものが、今はスマートフォンになっています。30年でこれだけ変わるなら、食の世界だって変わるはずです。

 昔と同じ時間をかけなくても、同じクオリティまで到達できる方法は、これから出てくると思います。使える技術は使えばいい。

 ただ、最後はやっぱり人です。その職業が楽しいと思ってもらいたい。

 料理人を目指している若い子には、一次産業との距離をものすごく近くしています。自分が料理する魚を誰が、どこで、どう獲っているのかを知る。漁師さんにも、料理人が何を考えているのかを知ってもらう。

 漁師さんも全国的には高齢化していますが、私たちと関わっている現場には若い人もかなり増えています。

 

 私はテレビ取材を受ける際、プロデューサーにもよく「俺なんて映さなくていい。俺を映すなら、漁師と料理人を映してくれ」と言います。

 前田尚毅を語る前に漁師さんがいて、料理人さんがいて、食べてくれるお客さんがいて、その中に私がいるんです。そこを表に出してほしい。

 漁師さんの給料も実際に上がってきています。水揚げ量が減っているのに、漁師さんの給料が上がる。これは大きいことだと思います。

 若い人が「漁師をやりたい」と言ってくれる。そういう環境を作っていきたいと思っています。

【参加者】私は静岡で酒屋をやっていました。

 静岡は魚がおいしいですが、お酒もおいしいんです。日本酒でも、ほかの地域では「熟成酒」という考え方がありますが、父の代から「酒も新鮮じゃなきゃダメだ」「熟成でごまかすな」と言ってきました。

 いい魚があったからこそ、静岡のお酒も育ってきたのではないかと思っています。これから魚とお酒、両方の業界が一緒になって、静岡がもっと発展していったらいいと思っています。

 また私はSBSの番組審議会に関わっていて、前田さんの「食のバトンリレー」を取り上げた番組も拝見しました。今日のお話だけでは伝わりきらない部分もあるので、ぜひ皆さんにも見ていただきたいと思っています。

【前田】ありがとうございます。

【質問者】世界では、これからどんな取り組みを考えていますか?

 私自身、豊洲市場で水産仲卸など魚に関わる仕事をしています。前田さんはこれまで海外でもいろいろ活動されていると思いますが、これから世界では、どのようなことをしていきたいと考えていらっしゃいますか。

【前田】輸出というより、現地の人たちとの取り組みということですよね。

 海外から呼んでいただくことがあります。去年はスペイン政府からオファーがあって、「スペインの魚を、どうしたら日本のようにできるのか」と相談されました。

 行ってみて感じたのは、私はやっぱり日本の水産は世界一だと思っている、ということです。

私は日本の水産を「国技」だと思っています。相撲や柔道と同じです。だから、海外に簡単に追い越されたくない。

 でも、日本がいつまでも「神経締めがすごい」なんて言っていたら、そのうち抜かれると思います。神経締めは、今では海外でもやっています。それだけを特別な技術だと言っている段階ではいけない。

 私が海外を見て、日本がまだ強いと感じるのは、冷やす技術です。海外は冷やし方がまだ甘い。一度にたくさん獲れると、どうしても作業になってしまう。

 一方、日本人は細かなことに丁寧に向き合うのが得意です。真面目なんですよね。海外の三つ星レストランに行っても、スーシェフが日本人というケースは少なくありません。シェフの言ったことをきちんと理解して、正確に仕事をする。そこは日本人の強さだと思います。

 だから私は、海外の魚料理を変えるなら、まず料理人より漁師さんだと思っています。魚は、料理人のところに届いてから料理が始まるんじゃない。人間の手にかかった瞬間から、もう料理は始まっています。

 どう獲るか。
 どう締めるか。
 どう冷やすか。
 どう運ぶか。

 そこを変えれば、魚料理は絶対に変わると思っています。

私は海外の魚料理だって、もっとおいしくできる自信があります。もちろん、日本の魚を海外へ輸出するのも大事です。

 でも、私が本当に面白いと思うのは、地元の人が地元の魚を獲って、地元で食べてもらうことです。そうすれば地元の人が潤います。そして、その魚を食べるために人がその土地へ行くようになる。

 デンマークのコペンハーゲンには「noma」というレストランがありますよね。一軒のレストランが、北欧という地域そのものへの注目を大きく変えました。

 ボキューズ・ドールでも、今は北欧勢が非常に強い。一軒の店から料理が変わり、観光まで変わることがあるんです。

 魚も同じだと思っています。自然が作った魚を、人間がどう受け取るか。漁師さんに「あなたが魚に触った瞬間から料理は始まっている」と伝える。そうすれば魚のクオリティは絶対に変わります。

 西洋料理は足し算の料理だったと思います。私たちが今やっているのは、どちらかというと引き算です。できるだけ足さない。素材そのものを、おいしさに変えていく。

 そういう魚料理が、世界でももっと広がっていけば面白いと思っています。

レポート:浜崎ひでみさん「会津若松ツアー報」7/11-12

Day 1 野崎洋光 先生の講話- 和食の神髄
Day 2 御薬園
Day 2 御薬園
Day 2 ヒューマンハブ天寧寺倉庫(HHT)
Day 2 目黒麹店
Day 2 末廣酒造
ご清聴ありがとうございました

レポート 渡邊斉子さん

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事務局より

いろいろな分野に「目利き」は存在しますが、「鮮魚」と「骨董」の世界では、とりわけ重要な役割を果たしているのではないでしょうか?

今回の座学の講師、サスエ前田魚店店主の前田先生が監修されたWebページには、魚の目利きのポイントが、以下のように素人にも分かりやすくまとめられていました。

丸魚|大きく澄んだ目に小顔。腹まわりが太く肉厚!

▲淡く澄んだ色合い、美しく黄色いヒレは鮮度の証し

▲捕れたての新鮮なアジは、ツヤがあり、全体的に薄く黄色い発色をしている。

▲大きく澄んだ目、小顔が目利きのポイント

▲鮮度が真っ先に表れる目は要チェック。目が濁らず澄んでいて、張りがあり、本体から盛り上がっているものがよい。顔が小さく見えるものは、肉質が良く、脂の乗りも程よい。

赤身|マグロもカツオも、鮮やかに澄んだ赤が決め手

▲トロの見極めは透明感のある桜色

▲脂質の含量が高い腹部にあたるトロの部分。白い脂身の繊維がきめ細かな網目状になっているものを選ぶとよい。白い部分の幅が広いものは、筋張っている可能性がある。

▲透明感のある鮮やかな赤色、ツヤのある光沢感

▲新鮮で良質な赤身は、光沢があり、透明感のある鮮やかな赤色をしている。時間が経過したものは、身も血合いも黒ずんでくる。また、不自然なほど鮮やかな赤色は、着色されている可能性もある。

白身|その名の通り、透明感のある白が鮮度の証し

▲白身の透明感、血合いの発色で目利き!

▲太刀魚のような白身の魚は、とにかく澄んだ白い身質のものを選ぶのがよい。水分が抜けておらず、透き通った乳白色、あるいはピンク色の身のものは新鮮。

▲ピンクと白の鮮やかなコントラスト

▲縁側が濃いピンク色で透明感のあるものは新鮮。鮮度が落ちているものは、全体的に色がぼけてきて、赤茶色く濁った印象になる。乾いていたり、身割れしていたりするものは避けたい。

こうして学んでみると、やはり「目利き人」の確かな目、そして長年培ってきたセンスや経験値がものをいう世界なのだと感じました。

さて、「目」といえば、視覚センサーの技術が最も進んでいる分野の一つです。

そこで、AIによって「目利き」の能力をどこまで活用できるのか、少し考えてみました。

少なくとも初期段階であれば、色やツヤ、形状などの視覚情報から、「最上」「上」「並」といったレベルを判断し、選別することはできそうです。これだけでも、現場にとっては大きな進歩になるでしょう。

一方で、それが進めば、卸売業者や魚店の皆さんにとっては、脅威になる可能性もあります。

しかし、最後の判断は、やはり「目利き」の職人技に委ねたい。

AIが選別した魚を、熟練した目利きが最終的に判断し、そのバトンを料理人、そしてお客様へとつないでいく。

そんな姿が、私には理想的に思えます。

職人技を置き換えるAIではなく、職人技を支えるアシスタント、あるいはツールとしてのAI。

個人的には、魚の世界におけるAIは、そんなところに落ち着いてほしいと思っています。


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「食熱通信第31号」発行:食の熱中小学校事務局(一般社団法人熱中学園内)

公式サイト:https://shoku-no-necchu.com/

Mail to:hello@shoku-no-necchu.com

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