食熱通信vol.19
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食の熱中事務局
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座学: 2025年9月24日(水曜) 18:45 ~ 21:00 会 場: 3×3 Lab Future
*テーマ: 「地方創生戦略におけるマーケティングとブランディング」
*講 師: 齊藤 啓輔 先生 (北海道 余市町長)
北海道の余市町から来ました齊藤です。地方創生戦略をテーマに日本が抱えている課題を考えていきたいと思います。日本の人口は今1億2000万人。これは世界でも多い方ですが、100年前は5000万人でした。そして100年後はまた5000万人になると言われています。つまり100年かけて人口が5000万人から1億2000万人まで伸び、そこから100年かけて5000万人まで衰退するというのが今後の日本の将来像です。人口統計は出生数から正確に予測できるのではずすことはありません。100年前と100年後の大きな違いは高齢化率です。100年前の高齢化率は5%、100年後は50%です。これを、日本を伸びゆく国ととらえるか沈みゆく国ととらえるかですが、いずれにせよこの違いを前提にしないと政策的にエラーが発生することになります。

日本の地方にはいろいろな食の資源があり、それを地方創生の戦略にすることによって日本を再活性化できる。これが今日の授業の根底となる大きなテーマです。今後日本は人口が減少していきますが、地域の魅力を最大限生かすことで余計なものを削ぎ落とし、その地域を回していけば、人口が減ったとしても恐れなくてもいいのです。それを地で行っているところが結構ありますので、そういう話をしていきたいと思います。
私は今、余市町長ですが、昔は外務省にいました。生まれが北海道のオホーツク海側の紋別市、同級生が10人ぐらいの小さな小学校の出身でした。誰とも話が合わなくて、見渡す限り田舎で、こんなところは一刻も早く出たいと思いながら小学校時代を送りました。義務教育が終わると高校は函館に出て行きその後はずっと東京で、外務省に入りました。専門が朝鮮半島の政治でしたので韓国とか北朝鮮の外交のチームに配属されるかと思いきや、北海道出身だからロシアへ行けとロシアに行かされ、寒いところは得意だろうと6年間ロシア語圏に住みました。ロシアは今ウクライナ問題でもめていますが、当時は日本との関係で一番重要なのは北方領土問題でしたから、北海道とは深いつながりがあります。北方領土の担当になると、現地に行かないと政策立案ができないので、2週間に1度は北方領土に行く機会がありました。北海道の田舎なんて二度と戻りたくないと思っていたのですがこれで再び縁ができました。十数年ぶりに北海道の家に足を踏み入れてみて思ったのは、幼少期は見る世界も限られていた、でも大人になって外務省に入り世界のいろいろな国を廻った視点で見たら、北海道、こんなにポテンシャルのあるエリアはない、ということでした。北方領土へは羽田から中標津空港か釧路空港に行き、そこから東の果ての根室まで車で2時間ぐらいかけて行き、そこから船で国後島の古釜布というところに行くのですが、2時間の移動の間に運転手さんと雑談すると、釣りが趣味で今日の朝も釣ってきた。今日はシシャモを釣ってきたんだよねって。シシャモなんて居酒屋でしか見ないような魚が釣れるのかと。で、今日は全然釣れなくて500匹ぐらいしか釣れなかったって。いやそれ釣れ過ぎでしょうって(笑)。そんな話から、土地の人にとっては日常でも別の視点で見ると豊かなポテンシャルを感じたわけです。一方で、そうしたポテンシャルがあろうが北海道の地元の方々にしてみると、中央官庁の君の仕事は中央から北海道に金を引っ張ってくることだよと言う。こんな豊かな資源があるんだから自分達でマーケティングとブランディングをすればどんどん伸びてきますよというのが私の主張なので、平行線をたどりました。
確かに1970年代のように人口が伸びていた時代であれば、中央のお金を地方に流すことによって空港や港湾や道路を整備して国土を均衡的に発展させていく政策をやっていました。でも今後人口が減っていくフェーズにおいては、果たしてその考え方は未来永劫通用するのでしょうか?そんなことをしたら日本国全体の体力が削ぎ落とされて持たないですよね。そういうマインドを変えたいといけない。それが私が10数年前外務省を辞めて北海道に戻るきっかけになった出来事の1つです。余市町長は7年、その1つ前は天塩町副町長をやりましたので北海道に戻ってきて9年になります。そして外務省の後首相官邸に勤務した12、3年前に、地方創生というワードが出てきました。

これまでの地方創生のポイントは2点、1つは若い世代等の東京への一極集中を是正すること、2つ目は、今日本のGDPの40%は東京と中京エリア、近畿エリア、この3つの地域で稼ぎ出していますがそれ以外の60%を稼ぐ地方が弱っているので再活性化することでした。そのためにお金も人も出しますというのが基本的な考え方でした。首相官邸にいた時、北海道にしてもあえて天塩町といったマイナーな自治体で取り組んでみて、そんなマイナーな町でも食を推せばすぐに伸びていくということを体現しました。そして、この町でもできたのだからあなたたちの町でできないことはないですよね、と明示していったわけです。食が持つポテンシャルによって、将来に向けてサステナブルに地域を残していける可能性があるのです。そこで、余市町をモデルケースとしてお話しします。余市町はニッカウヰスキーが有名かと思いますが、今はワインの町になっています。その背景には3点あります。1つは戦略的マーケティングとブランディング、2つ目は政策誘導、3つ目がアライアンス提携による地域の強みを生かしたことです。1つ目のマーケティングとブランディングは重要で、きちんとやらなければ滅びる時代に突入しているのです。ワインを飲む時は美味しい食事と合わせますよね。だとしたら食事との関連性できちんと切り口を定めてマーケティングとブランディングをしていくべきなんです。これまで北海道のワインを海外でプロモーションするプロジェクトというと、パリなんかに行って法被姿でいかがですか? 北海道はいいところですよ、と言って専門家に飲んでもらい、これはちょっと酸味があるねなんてコメントをもらって帰ってきて、はい5000万かけてプロモーションしてきました!というのがよくありがちなアプローチでした。でもそれってマーケティングでもブランディングでも何でもない。きちんとしたマーケティングとブランディングをやりましょうと言ってきました。我々がやったのはトライブマーケティングです。トライブとは日本語で部族という意味で、年齢や性別、国籍も違うけれど特定の趣味・嗜好に基づいた集団を1つのトライブとして捉えます。今日の皆さんでしたら食に熱中している部族、食熱中部族という1つのカテゴリーとして捉えて、そのカテゴリーに刺さるようなマーケティングをやるということです。我々は美食家部族とワイン好き部族に刺さるマーケティングをやりました。ここでまたありがちなのが、パリやミラノへ、ニューヨークやロンドンへ行って認められればPRになるだろうと考えてしまう。しかし歴史ある銘醸地がいくつもせめぎ合う中この極東の辺境の地のワインが入っていってもとても無理なのです。そこで、食とワイン好き、この異なるように見えても深い関連性のある2つの部族にフォーカスして食とのペアリング、マリアージュで切っていこうと考えました。美味しい料理というとどういうイメージでしょうか。我々北海道民の食文化は、秋に食材を集めて塩漬けにしたり燻したり発酵させたりして冬に蓄えて保存食にしなければいけませんから、イタリアンやフレンチなどと同じカテゴリーでは語れません。陰と陽のニュアンスで例えればイタリアンやフレンチは陽、北海道は陰です。きちんとそこに注目した上で、やみくもにではなく、北海道なら陰の食事に届くようなワインのペアリングを提案する。さらに重要なのは、世界中を見渡して同じように陰の食生活をしている土地を考えます。北欧です。市町村長の研修でデンマークのコペンハーゲンに行く機会があった時に、世界ベストレストラン50で何度も受賞して殿堂入りしたNomaに行こうと考えて、そこのシニアソムリエに、ちょっといいワインを見つけたので持っていくから飲んでと事前にメッセージを送って持っていきました。でも時間の関係で食事はできずワインだけ届けて置いていったのですが、そこから先はワインが持つ力の話です。そのシニアソムリエからは、すごいワインだねと。うちの料理にマッチするからと言って、なんとNomaのワインリストにオンリストされました。正にこのことが1つのターニングポイントとなり、そこから先はどんどん名声が高まっていきまして、今や余市のワインは、一般の市場でも非常に高い評価を受け、1本数万円以上で取引されるほどの希少性を持つワインとなっています。生産量が少ないので私が就任した7年前ぐらいの時でも希少ではあり、ワインショップで運良く買えれば6千円とか7千円ぐらい、市場価格では9千円とか1万円とか1万2000円ぐらいでした。それが今や8万円です。

このトライブに差し込むことでその界隈で情報が伝播し、うちのレストランも欲しいと世界中からたくさん引き合いが来るようになりました。ドメーヌ・タカヒコのワインは、世界各国の三つ星クラスのレストランからも高い評価を受けており、引き合いも多くあります。生産量が限られていることもあり、現在では非常に入手が困難な状況となっています。10月から収穫が始まるのですが、収穫のボランティアを募集すると一気に埋まります。そのくらい人気のワイナリーになっていて、これ余市町のどこのワインもそういう状況になっています。

2つ目の政策誘導の話です。余市のワインはドイツ系の品種を作っていました。今日お出しするケルナー、そしてツヴァイゲルトレーベという品種です。そこへ、お金を払うからピノ・ノワールやシャルドネなどに切り替えてくれ、と政策誘導をしました。ワイン好きが好きなのはやっぱりピノ・ノワールとかカベルネソービニヨンとかメルローとか、シャルドネ、リースリング、ソービニオンブランだからです。これって平等性や公平性を非常に重視する行政の世界では難しいことですが、批判を上回るメリットがあればいいと考えて実行しました。当初は「これまでの取組を否定するのか」という強いご意見も多く寄せられ、さまざまな議論を経ましたが、将来の発展を見据えて丁寧に説明を重ね、理解を得ながら進めてまいりました。結果、5年でピノ・ノワールの栽培面積が10ヘクタールぐらい増えました。これは余市にとっての大きな成果の1つだと思っています。

3つ目は、戦略的アライアンスの提携です。ワイングラスの名門のリーデル社と戦略的な包括連携協定を結びました。世界のそうそうたる銘醸地にネットワークを張り巡らしているリーデル社と提携することで情報伝播の大きな役割を果たすことができると考えました。さらにリーデル・ジャパンが初めてプロデュースするワインを余市で作ることになり、「ヨイチ・ノボリ・ツヴァイ2022」を去年リリースしました。醸造所はドメーヌ・タカヒコです。リーデルのワイングラスのセミナーの時のワインに使っていただければ何もしなくても余市の名前が世界中に伝播していく。それを狙い、実際に使っていただけました。2つ目にアカデミー・デュ・ヴァンとも提携しました。ワイン好きの人たちがワインの知識を学ぶと共に畑の作業もしたいという人が多く、そのような人たちに実践の場を与えるものです。加えてもう1つ、これがハイライトなのですが、私自身、ブルゴーニュのワインを深く敬愛しており、ピノ・ノワールをこよなく愛する一人として、この土地とのご縁を大切にしています。そのブルゴーニュ地方のジュヴレ・シャンベルタン村と世界で初めて親善都市提携をしたのが余市町です。2年かかり、私としては大喜びだったのですが、ワインに詳しい方々からは大変喜ばれた一方で、町全体としてはまだその価値が十分に伝わっていない部分もありました。交渉の経過を少し話しますと、フランス国立行政学院に留学した財務省時代の後輩からブルゴーニュの自治体で研修した際にドメーヌ・ビゾというブルゴーニュのスーパースター中のスーパースターのワインの作り手が来ると聞かされ、急遽私のワインセラーから3本持って銘柄を全部隠してこれどこのワインでしょう、とテイスティングしてもらったんです。すると、これはフランスのニュアンスもあるが明らかにフランスではない、しかし素晴らしい冷涼な地域のピノ・ノワールだ、これは素晴らしい産地だね、というコメントをその場でいただき、じゃあもう提携しちゃいましょう、とその場で打診したんです。すると、ビゾさんの本拠地のヴォーヌ・ロマネは人口300人ほどの小さい村で行政をジュヴレ・シャンベルタンに委託しているのでジュヴレ・シャンベルタンに相談することになり、ジュヴレ・シャンベルタンと提携できるなんてすごくいい話じゃないですか。まず提携したいという手紙を送り、もちろん反応はないので現地に乗り込んで村長に相談するとワインの専門家を大勢呼んでくれたんですが、会議が始まると、うちはジュヴレ・シャンベルタンですがご存知ですか? 提携のメリットないですよね? とかなり詰められました。最近、グラン・クリュは熱くないですか?やはり冷涼なエリアでいいピノ・ノワールを一緒に作りましょうよとか、組合のトップにドルーアン・ラローズという作り手さんがいたのでラローズさんはオレゴンに畑を持ってますよね、うちでもいい畑ができると思うんですよ、とか、余市は海も近いしカニやイクラ、ウニとか食べ放題ですよ、冬になればスキーもし放題ですよ、とどんどんセールスポイントをアピールしました。国際的な交流の場では、ワインを介して自然に心の距離が近づくものです。検討しますと言ってもらってその時は帰りました。これで多分五分五分ぐらいまでいったかという感触でした。次にまたフランスに行く機会がありブルゴーニュの中心地の、国際ブドウ・ワイン機構の拠点のあるディジョンまで行きました。そこでジュヴレ・シャンベルタンの村長を捕まえて、お久しぶりです、あの話どうなりましたかと聞くと検討してますと言うので、やりましょう、僕はわざわざ16時間かけて来ているので書面でくださいと言い、翌日本当に書面を持ってきて合意してくれました。それが去年の10月頃で、今年の2月の提携式に至りました。その時両者のマスターソムリエでマスタークラスをやったんですが、全然遜色ない、むしろ冷涼地域でいいと評価され、非常に良い協力関係が築けるようになりました。今、地球温暖化の話が出ていて、最新のビンテージを飲んでもグラン・クリュは熱をちょっと感じます。日本より温暖化が先行している地域なわけですが、ちゃんとワイン酸を残すために収穫のタイミングを調整することが必要になってきます。そうした取り組みが先行しているエリアの知見や情報を学びつつ、うちの産地も来たるべき温暖化に備えたり、ピノ・ノワールができる冷涼地域の作り手同士の交流や学術交流を今後進めていきましょう、という話をしています。
こうした取り組みの広がりの中で、余市のワイン産業にご関心をお寄せくださったのが、音楽家・プロデューサーとして世界的にご活躍されているYOSHIKI氏です。氏はカリフォルニア・ナパヴァレーにも自らのワイナリーをお持ちで、国際的な経験を生かして日本のワイン産地への貢献をお考えになっていた中で、余市に注目いただきました。
ご縁がつながり、実際に現地をご訪問いただいた際には、自ら畑に入り苗木を植えてくださるなど、地域の担い手とともに歩む姿勢を示してくださいました。
氏の参加により、これまでワインに馴染みのなかった層からも大きな反響をいただいており、地域の新たな価値発信につながっています。日経チャンネルのローカルビジネスサテライトのコーナーで、余市ラフェト2025というイベントも動画でも紹介されましたのでご覧になってみてください。

人口が300人しかいないヴォーヌ・ロマネ村も、3,000人しかいないジュヴレ・シャンベルタン村もその勝者、世界中から人が集まってきます。こういうことができる素地が日本にはまだまだあります。日本は人口が多かったために地方に焦点が当たっていませんでしたが、人口減少時代だからこそ、食が地方創生の1つの戦略となり、正に食の熱中小学校のようにコンテンツとしてなり得ます。地方創生の予算は年間1000億、10数年やってきて1兆、数千億が使われてきましたが成果は十分出ているでしょうか?でも余市は何億も使っていませんが、例えばドメーヌ・タカヒコの曽我さんの家のお向かいにある小さな小学校は、昔生徒が6人しかいなかったのが今や23人に増えています。もちろん相対的には減ってますが、それほどコストをかけなくても部分的に人口増を達成しているわけです。まさに地方創生を地で行っているプロジェクトだと思います。 戦略策定と資金調達と外交、ポイントは、これを首長がやればきちんと地域が伸びていきます、というお話をさせていただきました。本日はありがとうございました。
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事務局より:
「食育」について考察しました。大人が子供に提供する、栄養学に基づいた「食」の教育と漠然と考えていましたが、食文化を知り、考え、発展させるという社会性や、食べることへの感謝といった倫理的な分野も含まれていることを知りました。このことから、食育とは生涯教育の分野であり、すべての年代にとって重要な学びであるといえます。
誤解を恐れずに言えば、このような広い意味での「食育」は、フランス、イタリア、日本といった食文化が豊かな地域で特に重視されています。一方で、健康や健やかな成長のみを主なテーマとする国(先進国も含む)も多いのが現状です。
また、日本では食料自給率(現在カロリーベースで約40%)の向上も「食育」の一環としてよく語られます。気候変動や国際情勢の影響で輸入が減少する可能性や、SDGsで示される人口増加による世界的な食料難も、食育が包含する課題です。
ともに「食」について学ぶ我々も、こうした広い視点で「食育」を捉えていきたいと考えます。

「食熱通信第19号」発行:食の熱中小学校事務局(一般社団法人熱中学園内)
公式サイト:https://shoku-no-necchu.com/

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